March 9, 2009

最大の発信

反論されない見解なんて、殆ど価値がない

GoTheDistance: 発信力をつけよう

出る杭は、打たれる。
出ない杭は、腐る。
出すぎた杭は、打たれない。

中途半端人間はやめようということか。
(いまの自分は、まさにこれに当てはまります)

ちなみに、引用した部分の後には"自重はダークサイド"と続いています。

肯定をできない人が否定をしてはいけない。否定をできない人が肯定をしてはいけない。

他人の失敗を"ここぞ!"とばかりに積極的に見下しながら大きく笑う人がいます。その嘲笑している姿はとても醜いです。あまりにも醜いのです。その嘲笑している人に話を聞くと、その行動を一種のコミュニケーションだと口にします。

しかし、それとは反対に、ある人が起こした失敗に対して、「どうして、それは失敗なのか。」あるいは「どうして、その失敗は起きたのか。」と発想し、はたまたは「どうしたら、その失敗を巻き返せるか」をまでもを考え、それを失敗した人に伝える人がいます。そして、その一連の思考を自分の糧にきちんとできる人もいます。

ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム:<ばかにしないということ。>(追記:2009年3月9日)

犬でも猫でも、牛でも豚でも、
鳥でも虫でも、ばかにしちゃいけないんだよな。
小さいもの、しょうもないもの、価値のなさそうなもの、
汚いもの、ずるいもの、醜いもの‥‥いろいろと、
肯定的になれないものは多いとしても、
それはそれとして、
ばかにしちゃいけないんだ。
それに、
ばかにしなけりゃならないことなんて、
いついかなるときでも、ほんとは、ない。

嫌いなものは、あるはずだ。
見たくないものも、あるだろう。
やっつけたいものも、あるよ。
だけど、それはそれ、
ばかにする必要も、ばかにする意味も、まったくない。

もしかしたら、失敗を次のステップに進むための資材として考える人たちは、<ばかにしないということ。>に書かれている事に近いモノを持っているのかもしれない。そして、こうも思っている。

価値があると認めるということが、最大の発信なのですから。

gothedistanceさんがAttribute=51: お前はすごい。のリンクを残したのはとても納得できます。